きーんこーん、かーんこーん。
 時計は3時15分を指している。
 ちょうど、放課後だ。
 大勢の生徒が出てくる、そんな時間帯にさしかかった。
 ちょうどよかった。
 途中、私は学校に向かう道で通行人から奇異の視線を向けられた。
 別に気にはならなかった。
 どうせ、学校が終われば、次は街中だ。
 そのうち、この世界全てを赤で埋め尽くしてみたい。
 そう、すべてを…。
 「ん?雨宮!お前、なんだその恰好は!?それに、今頃学校に来たのか!?」
 変なおじさんに声をかけられた。
 あ、そっか。この人、担任の先生だっけ。
 「…うるさいなぁ」
 「お前、先生に向かってその口の聞き方は…!!」
 ずばっ。
 それ以上、言葉は聞こえなかった。
 首から上と胴体が別々になったから。
 頚動脈を切ると、やはり血の出る勢いが違うのかな?
 先生は、恐怖の顔さえ見せず、自分が死んだことにさえ気付いてはいなかっただろう。
 それじゃ、面白くないなぁ。
 まぁ、綺麗な赤が見れるのならなんだっていいけれど…。
 次はあの3人組にしよう…。
 ぐちゃぐちゃっ。
 簡単に音を立てて潰れてゆく。
 鮮血の赤…。
 いつ見ても綺麗な色だ。
 次はあのおばさんにしよう…。
 次は…。
 「…雨宮さん…!!」
 また、私を呼ぶ声がする。
 次はこの子かな。
 「雨宮さん、私が分かりますか…?由真です。佐伯 由真ですっ…!」
 佐伯さん…。
 あぁ、確かにそんな子がいたなぁ。
 漠然とした記憶しかないけれど。
 いっつもお節介を焼く、あの子か。
 「佐伯さん…あなた、まだ私にお節介でも焼いてくれるの?」
 「…!!」
 その表情が少しこわばった。
 反応を見ていると面白い。
 どうせなら、この反応をしばらく楽しもう。
 それからでも、遅くはない。
 どうせ、今の光景を見た人間は、誰も私に近付きたがらないだろうし。
 そう、このお節介焼きの佐伯さんを除いては。
 「正直言って邪魔よ。鬱陶しいだけ。あなたのお節介は」
 「…」
 表情がどんどん面白く変わっていく。
 不安とか、恐怖だとか、そういった人間的にマイナス志向な部分が表情に出てくるのを見るのは面白い。
 今まで、なんでこんな面白いことに気付かなかったんだろう。
 病み付きになってしまいそうだ。
 それに、勝手に言葉が出てくる。
 「昨日だって、私を誘っておきながら、自分は適当な理由つけてさっさと帰っちゃったでしょ。世話焼くくせに
  異常なほど薄情なのね」
 「…」
 「そんな人間、この世に存在してていいと思う?」
 とうとう、視線が下を向いた。
 顔を上げることは、二度とないだろう。
 もし抵抗したら、その場で潰すから。
 どういう潰し方にしようかな…。
 「それなら…そうしてください」
 意志のこもった、力強い言葉だった。
 私は少し呆気にとられた。
 「綾乃さんに殺されるなら、私も本望です。短い時間でしたけど、この1週間ほど、本当に楽しかったです」
 彼女がしっかりと顔を上げた。
 その顔は涙を流してはいたが、笑顔だった。
 無理に作ったような笑顔ではないことは誰が見ても明らかな、それほどの表情をしていた。
 …面白くない。
 むしろ、腹が立った。
 この子は、1回や2回切り刻むだけでは物足りない。
 無数の肉片にしよう…。
 ちくっ。
 …!
 なにかが、胸の奥に刺さった。
 ばしゅっ。
 そのせいか、手元がややずれたうえ、ニ撃目以降が出せなかった。
 『力』は佐伯さんの右肩よりやや内側部分から胸部までを切り裂いた。
 そのまま、佐伯さんは力なくグラウンドに倒れこんだ。
 今の痛みは何だったんだろう…。
 実際に、胸に何かが刺さっているわけではない。
 現に、今はもうなんともない。
 …まぁいいか。
 「…汚れた天子の羽根 飛ぶことさえ許されず 疲れ果て見た夢に 明日はなかった…」
 …。
 「貴方、誰よ」
 また、私を呼ぶ声だ。
 しかし、随分ぶっきらぼうな声のかけ方だ。
 どんどん不機嫌になっていく。
 きっとこの子こそ、もっとも残虐な死に方をして、綺麗な赤を散らせてくれることになるだろう。
 佐伯さんの方は、かなり深く攻撃が入っていることだし、出血もかなりのものだからどうせ助からないだろう。
 どうせなら、もっと綺麗な赤を散らせてくれればいいのに。
 「…で、私に言ったの?」
 声がした方に振り向く。
 「あんた以外に、私の視線に誰かいて?」
 袴姿の少女だった。
 何故、学校にこんな恰好の子がいるかは疑問ではあるが、そんなことはどうでもいい。
 そう…私はこの子も知っていた。
 けいこ…そう、珪子だ。
 「ふ〜ん…私が誰か分からないんだね」
 「少なくとも、私の知ってる人じゃないわ」
 「おかしいね。私はあなたのこと、知ってるのに」
 ビュッ。
 !!
 何かが私の顔の横を通り過ぎていった。
 いや、何かじゃない。
 珪子が持っている鉞だ。
 「それ以上、綾乃の姿で喋らないで」
 私の目にも止まらないほどの速さ…。
 そうか、昨日のテストとは、私と戦うことに対するものだったわけね。
 「いくらでも喋ってあげる。貴方こそ、その口がすぐ聞けなくなるようにあいてあげるわ」
 どうせ武器を持っていると言っても、相手は生身の人間。
 一撃で勝負はつく。
 もっとも、私が負けるはずはないが。
 ふっ。
 「…っ!!」
 !?
 『力』を飛ばしたのに…彼女には傷一つなかった。
 昨日、投げられた石に見せた、瞬間の一撃…これが珪子の身を守っている。
 私の『力』が飛ばした方向を瞬時に見抜いてそのままそれ以上の力で相殺する。
 こんなことをできる人間は初めてだ。
 私は僅かながら驚きを隠せなかった。
 「あんた、それ以上すると許さない…私の綾乃を、力づくでも返してもらうわ…」
 これで事実上、私は『力』を無効化された。
 だが、『力』が通じないのなら、肉弾戦に持ち込めばいいだけだ。
 『力』だけが私の全てだと思っていようがいるまいが、わけなくあっさりかたがつく。
 「そんなに過信しちゃっていいのかしら?」
 私は素早く彼女の懐に潜り込む。
 もらった!
 ガシッ!
 「甘い!」
 !!
 珪子は、生身の人間の体で、私の手刀を受けとめた。
 「くっ…」
 このまま捕まれているとまずい。
 私は蹴りをくりだし、珪子が手刀を払いのけ、後方に避ける。
 「あんたこそ…許さないから。私の邪魔をする奴は…全員血の海に沈んでいくんだから!」
 そこから、お互い、息もつけぬほどの攻防の応酬になった。
 「…そぉら!」
 遠距離から『力』を飛ばし、防御している間に肉弾戦で一気に叩きこむ。
 だが、珪子も予想以上の反応の機敏さを見せ、私につけいる隙を与えない。
 くっ…ならば、その隙が出るまで『力』を飛ばしてやる…。
 だが、珪子はここで意表を突く迎撃に出た。
 『力』のほうこうを視線から認識してか、瞬間的に2〜3mほど横に移動して『力』をかわした。
 そしてそのまま、私の方に向かってくる。
 体の側面を狙った奇襲攻撃だ。
 「くっ…これしき!」
 鉞を使った特殊な攻撃・防御は私を翻弄させかけたが、パワーとスピードでは私の方が数段上だ。
 このまま珪子の体力が尽きるまで攻撃すれば、わけなく勝てる。
 「…はぁっ!!」
 「ぐっ…」
 キーン!
 甲高い音を立てて、珪子の手元から鉞が落ちた。
 「鉞がなければ、あんたなんてちょちょいのちょいよ。このまま楽に潰してあげる」
 もう、『力』を防御するだけの体力も残っていないだろう。
 楽に潰す…それがかつての親友に対する礼儀だ。
 「綾乃おおおおおっ!!!」
 ガシッ!!
 「!?」
 どさどさっ。
 突如、後ろから誰かに捕まえられ、その勢いのまま、私は地面に倒れこんだ。
 「なっ…!」
 「御堂!あんたこんなとこでなにやってんの!すぐ逃げて!」
 御堂…?
 よく見れば、私を抑えているのは…。
 「和也…」
 そう、御堂和也。
 私の兄。
 「…なんのつもり?離してよ」
 「嫌だ」
 「か…」
 「俺は絶対に離さんぞ」
 …。
 「俺は今ようやく全てを思い出した…何故俺が孤児になったかとか…全てな。綾乃が妹だったってことも」
 「!?ちょ、ちょっと待ってよ!?それ、どう言うことよ!?御堂!!」
 「へっ…話せば長くなるから後で説明してやらぁ」
 「…」
 「馬鹿なこと言ってないで離してよっ!潰されたいの!?」
 「したかったら勝手にしろ」
 「…っ!さっきの佐伯さんといい、どいつもこいつも!!」
 私がこいつに向かって『力』を発動させようとした瞬間。
 「…綾乃、愛してる。殺されてもずっと」
 
 え…
 愛してる…?
 愛ってなに…?
 愛してる…
 ア・イ・シ・テ・ル…

 ばっ。
 血が飛び散った。
 鮮血の赤が。
 「…」
 私の、嫌いな色が。
 私の体から。
 
 どさっ…。
 痛い。
 寒い。
 苦しい。
 「え…」
 和也も、珪子も、呆然としていた。
 「あ…綾乃…?」
 …。
 「…なんで、こんなに赤いの…赤って…嫌い」
 「!?」
 「お、おい、綾乃!?」
 「綾乃、気が付いたの!?綾乃!?」
 長い、長い悪夢だった。
 目覚めるには、あまりにも遅い時間だ。
 「おはよう…けいちゃん、それに和也…」
 「馬鹿。もう、早くねえ。おそようだ」
 「そうだね…おそよう」
 「もういい!綾乃、それ以上話すな!傷がただでさえ深いのに…」
 「深い…うん。深いよ。助からないほどに」
 そう、今の斬撃で、切れた。
 私の中の、決定的な何かが。
 こういうのって、自分で分かるものだったのかということに気付く。
 死にゆく身で気付いた所でどうになるわけでもないけど。
 「綾乃、いい加減なこと言うなよ…!また明日だって学校だろ!?お前、今日授業全然出てないから、俺のノート
  写させてやるからよ。汚い字でよければだけど…」
 「うん、そうだね…また、明日も学校だね…」
 「ああ。だから、明日、俺の弁当作ってきてくれないか?」
 「お弁当…?」
 「ああ、俺の弁当を作ってきてくれよ。そんで、校舎の屋上でも、どこでも、俺達しかいない所で、俺とお前と珪子と
  3人で飯を食うんだ。いつも通り、俺と珪子が口喧嘩して、お前がそれをたしなめて…」
 「あ…それいいね…分かった…約束するよ…」
 「本当か?約束破ったら、どうなるか分かってんだろうな?」
 「うん…分かってるよ…」
 私はようやく、あの夢から解放されたんだ。
 ようやく、あの何気ない、しかし幸せのたくさん詰まった日常に帰れるんだ…。
 幸せな日常、か…。
 帰りたいなぁ…。
 帰りた…

 「あ、綾乃!?」
 「お…おい、綾乃…」
 そのまま、綾乃は眠るように息絶えた。
 実に、幸せそうな表情を浮かべて。
 「綾乃…愛してるって言ったのに…死んだら元も子もねぇじゃねえか…綾乃ぁ…綾乃おおおおお!!」
 御堂のバカは…その場で思い切り泣いた。
 声が響くことなど構いもしなかった。
 そして、私も。
 …気が付けば、雪が降っていた。
 初雪…例年より遥かに早い初雪だった。
 赤く彩られた校庭に白が、静かに降り積もってゆく。
 そんな強い寒さは感じない。
 むしろ、暖かさすら感じてしまうほどだった。
 きっと、綾乃が雪を降らせたんだろう…。
 あの子は、赤が大嫌いだったから。
 雪の白で、血の赤が覆われていく。
 この地域は年に一度積もるか積もらないか、その程度しか雪が降ることはない。
 その雪が、まだ冬になろうかという今、これだけ降っている。
 単なる異常気象なんてチャチな言葉じゃとても言い表せないだろう。
 少なくても、私達にとっては。
 綾乃はついに、自分自身で『力』を振り切ったんだ。
 自分の命を代償として。
 「『愛してその人を得ることは最上である。愛してその人を失うことはその次によい』…そんな言葉があったね」
 私は、決して御堂には聞こえないくらいの小さな声で、ぼそっと呟いた。


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