体育館の裏。
一般的に学生が考える不良の溜まり場ナンバー1の場所。
だが、少なくとも今ここには誰もいない。
私と、珪子を除いて。
「…はぁ、はぁ…」
二人とも、息を切らしている。それだけ教室からは遠い場所だ。
私は教室にいる時から息を切らしていたからなおさらだ。
塀を越えたところには大通りがあるせいで車の通り過ぎる音が慌ただしく、物音からここに人がいることを
判別することは不可能だろう。
逆に、万が一管理員あたりが巡回しているとすれば、あっさり見つかる可能性もあるのだが。
「…それで、けいちゃん…その、どうしたの?」
ようやく息を落ち着かせた私は尋ねた。
珪子はその言葉を聞いた途端、寂しそうな表情を浮かべた。
「綾乃…あんたさぁ…昨日もそうだけど、今日も…本当にどうしちゃったのよ?」
…私だって分からない。
私は本当にどうしてしまったんだろう。
本気でそう言いたい。
「あんた、本当に綾乃なの…?私の知ってる雨宮綾乃なの?」
「…」
凄く痛い言葉だ。
普段だったら「何言ってんの」って冗談で返せるような言葉だ。
だが、今はその言葉の重みがあまりにも違いすぎる。
「それでも、私は私…」
「私の知ってる綾乃はそんな超能力なんて持ってない!持ってないし、そんな無表情でものを壊したり
人に向かって攻撃しようとしたりする人じゃない!今のあんたは私の知ってる綾乃じゃないわ!」
ダメ押しだ。
「…返して。私の知ってる綾乃を返して!今すぐ返してよお!」
その言葉の一つ一つが私の心の中に深く突き刺さる。
「こんな、いつもと違いすぎる生活、もうやだよぉ…たった1日2日だって耐えられないよぉ…」
「…」
「…もうひとつだけ言っとくけどね、綾乃…あんた、昨日私に攻撃しようとしてたの覚えてる?」
「…あれは、私のしようとしたことじゃ…」
「しようとしたことじゃなくても実際にしたことくらいは分かるでしょ!?」
「う…うん…」
私は自分で1番認めたくなかったものを認めてしまった。
「だったら、それがどうあれ真実なの。無意識でやってるならそれは本能なの。本能だったらなおさらよ」
「…」
嫌だ。
珪子は今の私に対して嫌だと言ったが、私は珪子にこんなことを言われることの方がずっと嫌だ。
「その時のあんたの目は凄く濁ってた。今のあんたにそれは見えないけど、さっき地図の金具を壊した時の
あんたはまさしくその濁った目をしてたわ!」
「…」
嫌だ。嫌だ。
「私が1番怖いのは、このままあんたがその濁った目である時間が増え続けて、いずれはずっとその
濁った目で生きていくことよ…もしそうなったら…いや、こっから先は考えたくない…」
「…」
嫌だ…イヤダ…いやだ…。
「でもね…人間、ある程度は気の持ちようなのよ」
「?」
「聞こえてる?あんただって今の話聞いてて嫌だったろうけど、大切なのはこっから先よ」
「…」
「つまりあんたはどういう理由か知らないけど、別の自分に振り回されてるのよ。その別の自分ってやつが
さっきのあんたのことで、振り回されてる間に好き勝手されてる…と考えてみたらどう?」
「好き勝手…されてる?」
「そうよ。だとしたら、頭に来ない?腹が立たない?自分の体乗っ取られて迷惑かけられてんだから」
「乗っ取られて…」
「でも、乗っ取られてること自体はあんた自身の問題よ。私がどーだこーだ言ってもどうにもなんないから。
ようするに、そこはあんたの気の持ちよう。自分で腹が立って、こうなったら意地でも抑えてやるって
なったら乗っ取られたりしなくてもいんじゃない?」
「まぁ、確かに…」
「それでどうしても無理だっていうのならまたその時に言って。うちの父さんや母さんもあんたのこと心配
してるからさ」
「…ありがとう、けいちゃん」
「さて…んじゃ、巡回の先生とか来ない内に教室に戻りますか」
「ん〜…今はまずいんじゃない?まだ授業中だから、私達が戻ったらきっと授業どころじゃなくなるよ」
「今でも充分過ぎるほど授業になってないわよ、きっと。あんだけ普通じゃないことが起こったら絶対、学校の
一教師くらいで立て直せる状況じゃないから」
「けいちゃん…」
「おっと、表現が悪かったみたいね。ごめんごめん」
そう言って彼女は笑って見せた。
「ったく、しょうがないんだから…」
「なにがよ」
私もそれにつられて苦笑する。
こうやって考えれば、私は本当にいい友達を持ったなぁと実感せずにはいられなかった。
だからこそ、早く戻りたい。いつも通りの日常へ。
そして、今の私へ。
そう願いながら、私は混乱しているであろう教室へと戻っていった。
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