『…』
 …どうやら朝が来たようだ。
 周囲が明るい。
 …今の夢…なんだったんだろう?少なからず気になった。
 見た事があるようで、ない光景。
 もしかすると、ないようである光景なのかもしれない。
 夢に続きはありえないけど、正直に言えば続きがどうも知りたい夢だった。
 、と。
 学校行かなきゃ。
 手元にあった目覚し時計を取る。
 針は7時ちょうど近くを指していた。
 お弁当を作ってる時間はないけど、普通に通学するには問題ない時間だ。
 私は制服に着替えて1階の居間に降りた。
 やはり一人だと2階建てのこの家はとてつもなく広く感じる。
 と同時に、やはり両親を失った寂しさも大きい。
 一昨日までは父方の叔母夫婦が色々と世話を焼いてくれたので今となってはなお寂しく感じてしまう。
 …静かで、生活感のない居間って、こんなものなのかと感じてしまう。
 おっと。こうしちゃいられない。朝食の用意をしないと。
 どうにもパンが好きになれない、かと言って朝からご飯を炊くには時間がかかるという理由で、
 私の朝食は基本的にシリアル。
 用意が楽なのがありがたい。
 さ〜っと皿についで、あとは牛乳をかけるだけ。
 果物をのせたりもせずにそれだけで食べてしまう。
 いちごの美味しい時はいちごならのせるけど、これから冬に入るこの時期、
 いちごは温室栽培ものかつ高価なので買わない。
 そうやって食べてる間にちらっと時計を見ると8時50分。
 そろそろ家を出る時間だ。
 …って…。
 8時50分!?
 私は慌てて自分の部屋に駆け戻り、目覚し時計に目をやる。
 目覚し時計は依然、6時58分を指している。
 秒針が動きそうで動かず、ひくひくしている。
 …。
 私は思わず呆気に取られてしまった。
 って、呆気にとられてる暇があるか!
 食器を台所に置きっぱなしにして慌てて家を出た。

 …当然の事ながら、遅刻。
 担任の先生には精神状態がどうたらという慰めか説教か分からないような
 言葉を5分ほどかけられただけで、特にお咎めなしだったので助かった。
 教室に行き、鞄を下ろす。ちょうど1時間目が終わった後の休み時間だ。
 教室に入っていく私にはほとんどの人間が目もくれず、思い思いに僅かな休憩時間を過ごしている。
 場合によっては、わざと目を合わさない、と言った気の使い方をしている人もいるかもしれない。
 そうやって机の中に教科書を入れているさなか。
 「綾乃、おはよう!」
 そう言って元気に声をかけてくるのは、中学からの友人、越智珪子(おち けいこ)。
 腰くらいまである黒い髪を首の裏辺りで結んでいるだけという執着のなさと
 表情の豊かさ、加えてカモシカのような足という、見るからに元気系の女の子だ。
 私が両親の忌引で休んでいる間にも一度家に来てくれたりして、結構仲がいい。
 周りの目からすれば、どこかの姉妹にも映ったりするようだ。
 「おはよう、けいちゃん。相変わらず元気で大助かりだわ」
 「へへ〜、元気だけが取り柄だからね!」
 「ほんと、人間なにかひとつくらいは取り柄ないとね。けいちゃんは
  ひとつあるから、他は要らないでしょ?なんかとりえちょ〜だい」
 「いいよ。もらえるもんならもってけどろぼ〜」
 とまあ、雰囲気を和ませてくれる。
 私にとっては何にも変えがたい存在でもある。
 「相変わらずだな。落ち込んでなくて良かった」
 突然、後ろから声をかけられた。
 「何言ってんの。私が折角話そらしてるのに」
 「あ、そっか。悪い」
 今は後ろの座席に座っている、御堂和也(みどう かずや)。
 声の正体は彼だった。
 割と長身でちょっと目立つが、それ以外はごく普通の少年だ。
 正直、彼ともそろそろ長い。
 「別にいいよ。もうちゃんと立ち直ったから」
 「また、綾乃は甘いんだから…このお調子者の口車に乗っちゃダメだってば」
 「ああお調子者ですとも。でももっとお調子者にお調子者扱いされたくないね」
 「相変わらず口の減らない奴…」
 「どっちがだよ。お互い様ってことにしといてやるよ、仕方ないから」
 「お互い様どころじゃないでしょ!!」
 「まあまあ、二人とも…」
 とまあ、この二人がたいてい言い合いになって、いつも私が仲裁役。
 いい加減、見慣れすぎた光景だ。
 まるで、今までがなにもなかったかのような。
 もしかすると、そこまでこの二人は計算済みなのかもしれない。
 そう思うと、やはりこの二人には感謝せずにはいられない。
 そして、この関係がずっと続いてくれればいいな…そんなことを考えるのだ。

 昼休み。
 言うまでもなく、昼食をとるための時間だ。
 今日はお弁当を作ってる時間がなかったので、昼食は学食で取るしかなさそうだ。
 「あれ、綾乃、学食?珍しいね」
 「うん、今日は寝坊してお弁当作れなかったから」
 「じゃ、私もついてくよ。どうせ教室で食べるにも一人で食べたってしょうがないし」
 「うん。じゃ、早く行こ。席を確保するのも大変だからね」
 とりあえず、珪子と二人で学食に向かった。
 「よかった、思ったより空いてるねぇ」
 学食にはそれほど急ぎ足で行ったわけではなく、むしろ珪子と談笑しながら
 向かったのだが、今日は珍しく学食は思ったよりも空席が目立った。
 「あれ、綾乃…あそこ…」
 「ん?どうしたの、けいちゃん?」
 私は珪子が指差した方向を見る。見覚えのある生徒が一人で昼食をとっていた。
 「珍しいね…今時一人で学食に来る生徒なんてそうそういないし…」
 「私はそのそうそういない一人になりかけたわけだね、けいちゃん」
 「そう、私のおかげで助かったんだから、ありがたく思いなさ〜い」
 …こんな時、私は付き合いの長さの弱点のようなものを感じてしまう。
 「やれやれ…うん、ありがと」
 「で、あの子どうする?とりあえず声かける?」
 「そうだね…せっかく知ってる子見つけたんだし。こういう場所は一人より二人、二人より三人でしょ。
  これ、世の中の常識」
 「いつ誰がそんな常識…って間違ってもいないね。確かに。んじゃ行きますか」
 その席に座っているのは、綺麗で長い少し茶色の入った髪に細いたれ眼、それにどことなく似合わないような
 大きなレンズの眼鏡をかけた、絵に描いたようにおとなしそうな少女だった。
 「こんにちわ、佐伯さん…隣いいかな?」
 「あ、はい、どうぞ。空いてますよ」
 佐伯 由真(さえき・ゆま)。クラスメートだ。
 どうやら、どこかの良家のお嬢様らしい。
 言われてみれば、こういう天然な性格はそれっぽく見えなくもない。
 ただ、喋り方は天然に近いが、感性は豊かで、鋭い勘の持ち主でもあるので、そういう部分が彼女を『お嬢様』という
 雰囲気から少し遠ざけている。
 「今日もいい天気ですねぇ…」
 彼女はそういって自分の目の前にある天ぷらうどんを口にする。
 「ところで、お二人はご昼食はとられないのですか?」
 「へっ?あ、そうだった。んじゃ、食券買ってくるね」
 彼女と一緒にいると、何故かこっちまでぼーっとしてしまう。
 私も珪子もつられてただぽけーっと彼女の前に立っていた。
 彼女の声でふと気付いた珪子が私を促し、2人で食券を買い、再び佐伯さんの隣に、今度は腰掛ける。
 「お待たせ。んじゃ、いただきます」
 そう言って、私達はさっきの佐伯さんと同じように天ぷらうどんをすする。
 「なんだか、さっきの自分を見てるみたいで恥ずかしいです…」
 横で佐伯さんが呟いた。
 うっ、ごもっとも。
 とぼけたふりをして鋭くツッコんでるのか、或いは本当にぽけーっとしてるのかは相変わらずさっぱり分からない。
 「あははーっ、そうだねーっ」
 珪子が合わせる。
 私はこういう時は妙に考えてしまう人間だが、珪子の場合、どこか抜けているのか
 それ以上先を見ているのか、やっぱり分からないが自分のノリに持っていくタイプだ。
 いい加減彼女との付き合いも長いので、このパターンもそろそろ見飽きたくらい見ている。いや、実際は彼女のノリに
 どう対応するかがそれ以上にみものなので、見飽きる事は決してないが。
 「それにしても、お二人はいつも仲がよろしいですね。私、すっごく羨ましいです…」
 突如、彼女が話題を変えた。
 「え?うん、けいちゃんとはもうそろそろ長いしね」
 とりあえず、私が返事をする。
 「そっか、佐伯さんは高校からなんだね、こっち来たの」
 「ええ…見知らぬ土地というのもあるのでしょうけど、私、昔からお友達を作るのは苦手でしたから…」
 「そういう時は、自分からアタックしなきゃ!」
 「アタック…ですか?」
 珪子が柄にもなくまともな受け答えをしている。
 「そうそう。そういう時は、自分から積極的に…」
 「でも、私…そんな腕力、とてもありませんよ」
 「…じゃなくて…」
 ボケられてる。
 いや、ちょっと酷な話、いいようにあしらわれてるような気もしなくもない。
 結局、こんな調子で三人で和やかに、時間をたっぷりかけて昼食を取った。
 佐伯さんは、時折先ほどのような強烈なボケぶりを発揮しては、珪子を絶句させていた。
 いや、正直、私も絶句した。
 本人に悪気がない辺りがそれ以上のツッコミを余計に難しくしている。
 「こんなに楽しい昼食は初めてです。また、ご一緒させてくださいね」
 「あ、うん…。んじゃ、教室戻ろっか」
 そう笑顔で返したものの、今日みたいな日がこれからも続くと思うと、正直言ってゾッとする。
 「あれ、そういやけいちゃん、その袋…」
 「げ、しまった、お弁当食べるの忘れてた…」

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