昼休み。
「あ、雨宮さん、一緒にご飯食べに行きませんか?」
そうやって声をかけてきたのは佐伯さんだった。
「あ、そうだね。ちょうど私も今日は学食にしようと思ってたとこだし」
そこで前の席の珪子にも声をかける。
「ねぇ、けいちゃんも学食行かない?」
よく考えれば、今日は珪子と話するのは始めてだ。
「え…?う、うん…じゃ、いこっか…」
「?どうしたの、けいちゃん?なんか元気ないね…」
「え!?別に、そんなことはないけど…心配かけちゃった?ごめんね〜」
…これは間違いなく気丈に振舞っているだけだ。
だが、そう分かっていても私はそれ以上は深くは聞かなかった。
別に聞きたくもなかったし、あまり彼女のプライベートに入りこむような真似もしたくなかったから。
もしかいたら、昨日のことがまだ尾を引いているのかもしれない。
「…」
ただ、佐伯さんだけがその場の空気を理解できずにいた。
結局、三人で無言のまま食堂に入る。
そして無言のまま食券を買い、各々のメニューを持って確保していた座席につく。
「…そうそう、けいちゃん」
あまりの無言に耐えかねた私は、ちょっと話をふってみた。
「ん?なに?」
「私の斜め向かいの男子ってなんていう名前だったっけ?さっき授業中に消しゴム拾ってくれたんだけど名前も
分からなかったし、授業中だったからありがとうの一言もろくに言えてないのよ」
「え?綾乃の斜め向かい…小野くんかな?」
「小野くん…あ、もしかして野球部の?」
「そうそう。なんだ、知ってるじゃない」
「話程度しか知らなかったの。顔まではね」
「小野さんって…あの、ちょっと怖そうな人ですか?」
「う〜ん…怖そうっていうか、普段から割と無口らしいよ」
そう。名前だけなら知っている。
小野正人。
和也と同じ野球部に所属している。
和也とはそこそこ仲がいいらしく、部活も同じで家も結構近いのでよく一緒に帰ったりもするらしい。
「なんか私、そういう人ちょっと苦手かなぁ?どう声かけていいのか分かんないしさ」
「ま、そのへんはあとで和也に聞いてみたら?なにか攻略法があるかもよん♪」
「攻略法ってなんですか?」
「あ、佐伯さんは知らなくて…」
「私だって知らないわよ!」
「嘘ばっか。あんたは心のどこかに思い当たる節があるんじゃないの?」
「ないってば!」
「そうやって意固地に否定するところが帰って怪しいのよね〜」
「ふぅ…」
どうやら、昨日のことはすっかり水に流してくれている様だ。
私自身、どうして珪子に手を出そうとしていたのかは分からない。
だが、その行為自体があった事に、多少は負い目を感じていた。
それゆえ、今日の珪子のそっけなさはそのへんから来ているのかと思いきゃ、そうでもないらしい。
私は大分ほっとした。
「もう…けいっちゃんったら、さっきはちょっと暗かったから心配したのに…別になんともないじゃない。
心配して損しちゃった」
「え…」
途端、珪子の表情が変わる。
「あ、さては、なにか隠してるでしょ!」
「え?ううん、べっつに〜?」
「そういうののほうがさっきの私よりよっぽど怪しいぞ〜」
「別に何もないわよ。いやほんっと」
「だったら、そんなにピタリと会話止めて表情変えなくてもいいんじゃない?」
「なんにもないって言ってるでしょ!」
不意に珪子が席から立ち上がって怒鳴った。
食堂中が一瞬、沈黙した。それほどに声が響いた。
勿論、周囲の視線は私達に向いている。
視線の意味は好奇心なんかじゃなく、迷惑だと言わんばかりのものであることはすぐに分かった。
それは珪子自身もすぐに感じたようで、ばつの悪そうな表情を浮かべて再び席につく。
食堂は徐々にもとの活気を戻していった。
だが、私達3人の周りの空気だけは、結局最後までその空気に溶け込むことはなかった。
沈黙のままに食事を終えて食器とトレイを返却口に持っていき、無言のままに教室へ戻る。
そして教室に入る前に、珪子が私に向き直り、呟いた。
「ごめんね、綾乃…いきなり怒鳴り散らしちゃって」
「ん…別にいいよ、気にしてない」
そして、佐伯さんの方にも一言。
「佐伯さんも、ごめんね」
「いえ、私は別に関係ないですよ」
「二人とも、ありがと」
そう言い残すと、珪子はさっと教室に入り、自分の席につき、机の前に突っ伏した。
「今日の越智さん、なにか変ですよね…」
「まぁ、1日置いたらすぐ戻るでしょ。私はちょっと1人にしといてあげよっかなって思ってるけど」
「そうでしょうか…?」
佐伯さんのその言葉はいつも通りの佐伯さんの返事とはやや異なっていた。
いつもの彼女なら「きっとそうですよ」って言ってくれる。
私もそれを期待してそう答えた。
加えて、それが私の本心だった。
「…そうですね、きっとそうですよね」
…よかった。
何故そう思ったかは分からないが、私は今心の中で本当によかった、と思った。
多分、いつも通りの日常がまだ続けられる、という思いなのだろう。
ここしばらくは不可解なことがあまりにも多すぎたから。
「私は、越智さんのことをあまり知りません…でも、雨宮さんは私なんかよりずぅっと前から越智さんとは
お友達だったんですよね。きっと、私が知らないようなこともたくさんあるでしょうし。それを考えれば
疑問に思うなんて、失礼ですよね」
「いや、そんなわけじゃないんだけど…なんとなく、ね」
そう、なんとなく。
人間関係というのは不思議なもので、長い付き合いほど感覚と言う曖昧なものが大きく左右してくる。
直感的に、あ、こいつは今はちょっと落ちこんでるな、とか。
あ、こいつは今日なにかいいことがあったんだろうな、とか。
さっき、食堂に行く時にしても私は直感的に珪子の様子がおかしいことを理解した。
確かに、いい意味には作用しなかったが、長い付き合いとはそういうものだ。
ただ、それで早めにお互いの関係を取り戻すことの可能ではある。
そう考えれば、これも充分いい意味でとらえることもできる。
そうだ。
それくらいプラス思考にいかなきゃ、普段は万年プラス思考の珪子を元気付けることはできないだろう。
今は私が珪子の変わり。珪子は私の役。
立場を入れ替えて考えれば、すぐに元通りになるだろう。
「あ、雨宮さん、なにかいいこと思いつきました?」
「うん。まぁね。すぐに元気出させてみせるから」
「頑張ってくださいね。私もできる限りは力になりますから」
キーンコーン、カーンコーン。
昼休み終了のチャイムだ。
「あ、うん。んじゃ、早速、放課後から実行するから」
そう一言言って、私は自分の席についた。
とは言え、一つだけ不安があった。
私は珪子が怒鳴った理由がまだ理解できていない。
私は珪子に尋ねなきゃいけないほど何か大切なことを忘れてしまったんだろうか。
昨日のことじゃないなら、私は一体何を…。
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