「で、大丈夫か?一人で帰れるか?なんなら、家まで送っていってやってもいいけど」
 「ううん、大丈夫。そんなにたいした距離じゃないからさ」
 「そっか…安心していいんだよな?」
 やや不安げな表情で和也が尋ねる。
 「うん。安心して。…今日は本当にありがと。感謝してる」
 私はそれに、自信を持って答えた。
 「何があったか分からないのに感謝されるってのもなんだが、役に立てたなら俺だって嬉しいさ」
 嘘ばっか。
 ここまでしといてそんなシラがよくも切れたものね。
 なんて、普段の私なら言うところだ。
 「ほんと、ありがとね。じゃあ、また明日」
 「おう。んじゃな。今日はゆっくり寝ろよ」
 最後に、軽く触れるだけのキスをして、お互いの気持ちを確かめ、私は和也の家を出た。
 その帰りに、月が雲のカーテンの上から夜空を照らしていた。

 私は家につくとまず仏壇に「ただいま」と一言言って、そのまま父の部屋に向かった。
 昨晩の一件以来、ここは散らかり放題だったが、今の捜索対象は本棚じゃない。
 鉄製の頑丈そうな机だ。
 その右側の棚はキーでロックできるようになっているが、父はここをロックすることはなかった。
 そして、その1番上の棚に、目的のものはあった。
 「住所録」
 こういう個人情報が記入されたものが入ってるならロックしたっていいのに…。
 そう、最初からこうしていればよかったのだ。
 住所録を見て、父と交流の深そうな人を当たる。
 あるいは、私の幼少期くらいにつけられた日記なんかでも構わない。
 そういうものを探して、私の『夢の力』の謎を解こう、ということ。
 遺品を物色する…娘として、親不孝この上ないことは百も承知だ。
 だから今まではこういう手段には出なかったが、こうなってはそうもいかない。
 父が私に残した最後の言葉…。
 私はこれをつきとめる必要がある。
 つまり、生みの親と出会い、何故、養女としてここにきたのか、ということだ。
 これを知る手がかりはこういったところからしか出てこないだろう。
 私は住所録に一通り目を通す。
 伊藤さん…。
 父の姉、私の叔母にあたる人の夫妻。
 事故で両親が亡くなった時、しばらくうちに来ていろいろと手伝ってくれた人。
 この人にはすでに尋ねている。私の過去について知っているかどうかを。
 答えは「ノー」だった。
 植村さん…。
 この人は…お葬式の時に来てた人だ。
 確か、父さんの大学時代の後輩さんだったっけ。
 この人も多分知らないだろうな…。
 榎本さん…。
 太田さん…。
 岡崎さん…。
 みんな住所を見た限りではかなり遠い。
 多分、父の趣味の歴史学に関係のある友人だろう。
 越智さん…。
 …越智?どこかで聞いたような…。
 私はそこに書かれた文字を凝視する。
 …間違いない、これは珪子の家だ。
 何故、父さんが珪子の家の住所を?
 …分からない。
 ここで脱線。
 いや、これは脱線ではないのかもしれない。
 というのは珪子、いや、珪子の両親に聞けばなにか確実な情報が掴めるのではないか、ということだ。
 今日のあの調子では珪子の母親は何も知らないだろうが…。
 そうなると、珪子の父親にも会う必要があるのかもしれない。
 それなら、また明日、珪子に尋ねておこう。
 今日はもう疲れた。
 ゆっくりと休み、明日に備えるとしよう。
 晩ご飯を適当にインスタントで済ませてさっさと風呂に入り、そのままの勢いでベッドに潜り込む。
 あとは心地よい眠気が私を夢の世界へ誘っていった。

 …。
 起きて…起きてください…。
 …。
 …誰かが私を呼ぶ声がする。
 …聞き覚えのある声…しかも、ごく最近聞いたような声。
 「よかった…気がつきました…よね?」
 え…?
 声はする。
 でも誰もいない。
 というか、何も見えない。
 暗闇だけだ。
 「見えてますか?指、何本に見えますか?」
 「…3本…」
 私は適当に答えた。
 …!?
 違う。
 これは私の意思じゃない。
 だが、答えたその声自体は私のものだ。
 …どういうことだろうか。
 最近は私の理解できない現象があまりにも多すぎる。
 「それじゃ、貴方のお名前を言ってくださいな…」
 「私の名前…綾乃」
 「綾乃…苗字は?」
 「苗字は…」



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