…。
雨だ。
雨の降りしきる音が聞こえる。
そして、夜はもう明けていた。
頭が重い。
時計に目をやると、もう10時。
そんなに長い間寝ていたのか…。
どうりで頭が重いわけだと勝手に一人で納得する。
…昨日は、あの夢は見なかった。
少なくとも、私の記憶の中にはあの夢を見たという文字はない。
というか、12時間近く眠っていたというのにもかかわらず、何故か夢自体を見たという記憶がないのだ。
それもそれで奇妙だが、あの夢を見ずにすんだ事ももっと奇妙でもあった。
もちろん、正直言ってちょっとほっとはしているが、何故かまだ終わった気にはなれなかった。
もう、あの夢にうなされて5日が過ぎている。
それも、一回は他人をも巻き添えにしてしまっている。
今日1日見なかっただけで、また今晩眠る時に続きが見えそうな気がした。
…っと!
相変わらず、私の頭の中はずっとマイナス思考を引きずっている。
いい加減軌道修正しなきゃ珪子の家に行った時、何を言われるか分かったもんじゃないし、それ以前にこれは
ある程度は心の持ちようなのだ。
そう頭を切り替えると、私はシャワーを浴び、朝食にいつものシリアルを食べて歯を磨き、珪子に連絡をして
ぱっぱと家を出た。
「いらっしゃい。ようこそおいでくださいましたね」
珪子の母親が実に丁寧な態度で出迎えてくれる。
ここに到着するまでのあいだに雨はだいぶ小降りになっていた。
「傘はそちらに置いといてくださいね。すぐにお茶を出しますから、居間のほうで少し待っててもらえます?」
「いえ、そんなにお構いなく…私が相談に乗ってもらいに来ただけですから」
なんとも恐縮してしまうくらいの丁寧さだ。
だが、それもこの珪子の母親と言う人物像を浮き彫りにしたものだとも言えよう。
そうして、私は居間に通される。
どうやら少し、暖房を利かせてあるようだ。
まったく、この歓迎ぶりには恐れ入る。
晩秋の雨で気温はなかなか上がらない。
それだけに、この暖かさが身に染み入る。
あぁ…。
暖かい…。
心地…いい…。
「おねえちゃん、こんにちわ」
…。
そこは、赤い公園。
つまりは、あの悪夢だ。
「…」
私には理解できなかった。
何故、こんなところで…。
空はどんよりと曇っている。
そこに、赤い霧がかかっているような…少なくとも私にはそう見えた。
とにかく、風景からして異様だ。
しかし、それをそう判断することは、私が今ここで夢を見ていることの証明にしかならない。
気が付けば、私は否定しようとしたことを肯定しているのだ。
「おねえちゃん…わかってるんだったら、はじめからすればいいのに」
目の前の『彼』が言う。
わかってる…?
何が…?
『彼』は、私が分かってないことすら分かってないのか。
それとも、そのふりをしているのか。
「いやだなぁ…わかってないふりをしてるのはボクじゃなくて、おねえちゃんじゃないか」
!?
私…?
私が…分かってないふりをして…。
「ボクができるのは、おねえちゃんにそれをきづかせること。あとはおねえちゃんがおもうままにすれいいんだよ」
私の…思うまま…。
「そう…たとえば…」
『彼』は滑り台の頂上付近を指差した。
「あれからめをはなさないでね」
そう私に一言かけ、『彼』は私の背後に回る。
そして、背中をひと押し。
ズガンッ!
鉄製の滑り台の右上の防護部分が突然砕け散った。
「うん、そんなかんじ」
『彼』は満足げに頷いた。
今のは…私がやったのか?
『彼』の力を媒体としたのではなく、私が彼の補助を受けて砕いたのか?
「…おねえちゃん、だれかがよんでるよ。ざんねんだけど、またね」
…。
……。
「綾乃っ!」
ガチャンッ!
派手に陶器の割れる音がした。
少なくとも、私が『気付いた』最初はそれだった。
珪子の母親がお茶とお菓子を載せたお盆を落とした音だった。
そして、私は珪子の母親の視線が向いている自分の足元を見る。
「!!」
そこには珪子が、必死の形相で私の手刀を受け止めていた。
すぐさま、私はその手を払いのける。
「これは…」
私と珪子の母親が、同時に呟いた。
珪子一人が、そのままへなへなと脱力している。
「…ちょっと、落ちついて考え直したほうがよさそうですね…」
珪子の母親は足元に落とした陶器の破片を拾いながら額に汗をなじませ、そう言った。
その後、珪子の母親は珪子を一度部屋に戻し、その時に彼女からなにがあったのかを尋ねた。
彼女曰く、居間でものすごい音がしたので駆けつけてみたらこなごなに砕け散った額縁と、その額縁があった場所に
視線を向けた私がいた、ということらしい。
その後、珪子は私の様子があまりにもおかしいと気付いたため、抑え込もうとしたところ、最終的にこういう結果に
なったようだ。
「多分、最後の手刀は防衛本能かなにかでしょうね…」
防衛本能だったとしても、珪子に私が普段とは明らかに違う一面を持っていることを理解させるには充分過ぎるほどの
出来事だった。
「なんにしろ…一つだけ分かりました。今のが綾乃さんの言う『夢』の力、ということですね」
「…はい…。でも、私には正直、理解できないうちに話が進んでいくというか…」
「今まで、このように『夢』の力を暴発させたことは?」
「ありません。…少なくとも、私の覚えている範囲であれば」
私は正直に答えた。
「そうですか…。今の状態を見ると、これは心理学だとか、学術的に解明できそうな問題ではないような
気がします…。そうなってくると頼りになるのは超常現象の知識か…あるいは日本古来における信仰…
神道の類の知識ですね…」
そういって彼女は私を神社の裏手の倉庫に案内した。
「ここはもともとこの神社の書庫です。なにか参考になるようなものがおいてあるかもしれません。
もっとも、超常現象の類でなければ、ですが…」
結局、夕方までかかって私達二人は書庫で関連のある図書を探したが、見つけることはできなかった。