もしやとは思ったのだが…。
私は帰って来るなり買い物袋を玄関に置き、2階の父の書庫へと向かった。
昔目に留まった本とページを探し当てる。
父は某大学の文学部出身で歴史、特に東洋史においては抜群の成績で卒業したと聞いた。
その父の本棚には今でもそういった資料が溢れかえっている。
その中でも父がよく愛読していたのが古代中国史だった。
父がいつでもなしに手を取っているので、私もつられて時々目を通すようになっていた。
それが、私がだいたい10歳くらいの頃。
そして、その当時に読んでいたページは、今でも赤いペンの印がついてあった。
多分、私が物心つく前に父がつけたのだろうと思う。
昔見た時も同じようについていた。
何故ついてるのかは知らないが…内容は今の私が「やっぱり…」と思うようなものだった。
『紀元2世紀末、混乱をきたした漢で横暴の限りを尽くしていた董卓は王允に討たれた。
その中で李粛という人物は、王允の策に加わり董卓が宮中に入るための工作を行った。
狂風、子供の歌…さまざまな滅亡の兆しを吉兆と偽りつつ、董卓をおびき寄せたのである…』
子供の歌は、滅亡の兆し…つまりは凶兆を指す。
歴史的に伝記されている凶兆、そして私が今感じた直感的な凶兆。
関連があるような気がしてならなかった。
そういえば…。
黄砂は風で砂が舞い上げられる現象。
狂風が赤い月を生み出した、とすれば…。
私が毎晩見る夢が終わったら、その時は…滅亡を示すことになるというのか!?
私自身のみの滅亡…を指しているわけではないだろう。
『この世そのものの』滅亡をさしていると思う。
現に、赤い月、夢…私のみにしか見えないわけではない。
夢は昨日泊まっていた二人にも共通して見えたし、赤い月は幼い女の子にも見えるほどはっきりしたものだった。
私は全身に寒気を覚えた。
当然、冷える空気のためではない。
これは…ほうっておくとまずい。非常にまずい…!
明日は珪子の母に全てを伝えよう。そして、この対策を一緒に考えてもらおう。
そう強く思わずにいられなかった。
私が逃げるわけにはいかないのだから。
「…こわれてきえた」
…赤。
一面、見渡す限りが赤。
私は、これがあの夢の続きである事をすぐに理解した。
と同時に、砂場の中央にいる子供を見る。
その姿がくっきり映し出された時、私はこの子をやはりどこかで見た気になっていた。
年は2〜3歳、髪は首の後ろをすっぽり覆う程度。
男の子なのか、女の子なのかは見分けがつかない。
服装も、長袖のセーターにズボン。
どちらでも着れそうな恰好だ。
ただ、不気味なのは。
彼、或いは彼女が常に口元に微笑を浮かべていた事。
焦点の定まらない瞳と、壊れた機械のように同じ調子でくすくすと笑う口元。
私はその子供に恐怖を感じた。
その子供が突然、笑うのをやめ、足を動かす。
私の方に向かってきていたのだ。
さっきの砕け散った子供達は私の存在には全く気付きもしなかったのに、彼(彼女)は
私の存在に気付いて歩み寄ってくるのだった。
そして、さっきまで微笑を浮かべていたその口から一言。
「おねえちゃん…だれ?」
ごく普通の子供の質問だった。
だが、私はその質問に答える事は出来なかった。
にもかかわらず、子供は続ける。
「ああ、そっか。おねえちゃんは、ボクといっしょなんだね…」
ボク…という表現を使っている。すると男の子なのだろうか。
それよりも気になったのは、そのあとの言葉だった。
私と彼が、いっしょ…?
どういうことなのだろう。
「おねえちゃん、いっしょなのに、いっしょじゃないふりなんてしないでよ。おねえちゃんも
こっちにおいで。ボクがおしえてあげるから…」
彼が私の手を引いていく。
私には反発する力はなかった。
彼の力が強かったせいではない。
私に反発するだけの力がなかったという表現の方が正しいかもしれない。
手に、いや、全身に力が入らなかったのだ。
「こわがらないで。いちどおぼえたら、おねえちゃんはずっとたのしくくらせるんだから…」
この言葉に私は強烈な抵抗を感じた。
この甘美な響きは…間違いなく魔性の魅力だと感じたからだ。
「!」
私は瞬間的に手を振りほどいた。
たったそれだけの動作なのに、額は既に汗をかき、肩で呼吸していた。
「ボクがこわい?でもね、いつかはこっちにこなきゃならないんだよ。ボクはおねえちゃんが
くるしむすがたなんてみたくないから、はやくこっちにきてほしいだけなんだから…」
そう言って、彼は最初に浮かべていた微笑を再び見せた。