その日の夕方。
 私は昨日の後片付けを終えて、なにを考えるでもなく、こたつに入った。
 意味もなくテレビをつけ、適当にチャンネルを回す。
 三人は、昼前には帰った。
 珪子は目を覚ました時に夢について質問したが、特に心当たりはないらしい。
 つまり、私達三人は同じ夢を見たのに、珪子だけは全然関係のない夢を見ていた、ということだ。
 確かに、珪子はやや私達よりは長い間眠っていた、ようするに同時に起きなかったのだが、
 同じ部屋で寝ていたというのに彼女だけが無関係だということは私にはどうにも疑問でしかたがなかった。
 
 『う〜ん…じゃあ、いったいなんだったんだろう…?』
 『うちの親に聞いてみようか?ほら、うち一応神社だから、なにかあったらちょっとぐらいは力になれるかもしれないしさ』
 『え…でも、たかだか夢のためにそんな…迷惑じゃない?』
 『たかが夢、されど夢よ。侮ってたらなにごとも痛い目見るのが世の中なんだから。
  別に迷惑だとかそんな心配はしなくてもいいってば。友達なんだからさ』
 『うん…けいちゃん、ありがと』
 『はいはい。なにかあったら電話するね』

 私はこたつの中に入ってテレビを見ながら、珪子からの電話を待っている。
 いや、テレビを見ているふりをしているだけなのかもしれない。
 ただ、ついているだけに等しいような状況だ。
 TRRRRRR…
 電話だ。多分、珪子からだろう。
 「はい、雨宮ですけど」
 「あ、綾乃?私。珪子。ちょっと母さんに話してみたら、時間のある時に家に来て欲しいってさ」
 「けいちゃんの家に?」
 「うん。直接相談に乗りたいって。具体的な話を聞かせて欲しいんだってさ」
 「わかった。今日はもう遅いから、明日お邪魔させてもらうね」
 「そんな変な敬語使わなくても「明日行くから」くらいでいいじゃない。気持ちが沈んでるから
  そんな言葉出てくるんじゃないのぉ?もうちょっと明るく生きないと祓えるものも祓えないぞ!」
 「…そうだね。んじゃ、明日のお昼過ぎに行くからね。それじゃあ」
 「は〜い。待ってるから。んじゃ、また明日ね」
 がちゃり。
 明日、か…。
 多分、この調子だと今晩に見る夢は昨日の続きだから、明日に話す事は珪子に今日話した分に上乗せされる可能性が高い。
 いや、間違いなく上乗せされるだろう、と言った方がいいのだろうか。
 …。
 だめだ。どうにも発想が暗い方向に引っ張られていく。
 さっきの珪子が言う通り、私自身の意志も少なからず関係しているとも思う。
 だったら、今の内だけでもそういうことは考えずにいたほうがいい。
 また夢の続きを見たのであれば、その時はその時だ。
 それくらいの気持ちでいよう。そのほうが気分的にもずっと楽だ。
 そして、もうひとつ。
 私は決して楽な方に逃げようとしているわけはない。
 あくまで、解決手段の一つとして考えている。
 自分の事をこんなに親身になって考えてくれる友達がいる。
 だから、私が自ら逃げ出すわけにはいかないのだ。
 そう自分に言い聞かせる。
 「よしっ!そろそろ、晩ご飯のおかず買いに行かなきゃ!」
 迷いは吹っ切れた。
 たとえ同じ夢を見ようとも、私はこの夢から逃げ出す真似は絶対にしない。
 そう自分に言い聞かせて、私は威勢良く家を飛び出し、買い物に向かった。

 「ありがとうございました、またお越し下さいませ〜っ」
 スーパーのバイトの女の子の声が響く。
 そんな店の中から出てきた時、空はもうすっかり暗くなっていた。
 店の中にある時計で時間を確認してから帰路につく。
 だいたい6時40分。
 雑誌の立ち読みをしているとたまにこういうふうに帰宅時間が遅くなる時もある。
 家は私しかいないので別に誰に何を言われるでもないが、時間を無駄に過ごしてしまった気がして、つい急ぎ足に帰り出す。
 そしてスーパーから出てちょっとした時。
 …今日も月が見えた。
 でも、昨日見た月とは明らかに何かが違う。
 まず気が付いたのは、大きさ。
 正直、異常と捉えられるほどの大きさを感じた。
 距離が近づいている証拠なのだろうか。
 東西の果ての方が、南中している時より大きく見えるのは月に限らず太陽もそうなのだが、
 太陽と月では地球からの距離があまりに違いすぎて比較にならない。
 太陽は大きく見えるとは言え肉眼で確認できるほどのものではほとんどない。
 そう考えれば、月が大きく見えても不思議ではない。
 にしても大きさがおかしい。
 そしてもうひとつ。
 …赤い。
 赤い月だ。生まれて初めて見たような気がする。
 月は、黄砂と呼ばれる砂の舞い上がる現象で赤く見えることがある。
 それのせいだろうか?
 黄砂って、確かこのへんじゃ秋の最初のほうくらいしか見れたものじゃなかったんじゃ…。
 「わぁ、ママ、おつきさまがあかいよ」
 「そうね。美和。きれい?」
 「うん、とってもきれいだね」
 横にいた親子連れが自転車を出しながらそんな会話をしていた。
 赤い月…。
 私の嫌いな色に染まっている月…。
 月は黄色く、見えても白っぽく見えるというのが普通だ。
 普段、赤い月など見えない。それのせいで綺麗に見えているにすぎない。
 私は赤という色が嫌いだから、自分の中でそう結論付けた。
 月が赤いからなんだっていうんだ。
 …とも思ったが、やはりなにか不吉な事の前兆のようなものを感じる。
 そして、その赤い月の美しさは私にもなんとなく理解できてしまっていた。
 魔性の魅力…それに近いものを感じたのだ。
 なにか、1度知ってしまったら抜け出せない、麻薬のような…。
 甘美ではあるが、それを知ってしまえばなくしては生きていけないような…。
 月にこんな表現をするのはあまりに大袈裟だが、直感的に私はそんなものを感じた。
 不吉な事の前兆…ようするに吉兆の反対だから凶兆だ。
 そういえば、そんなものを他にも感じたような気がする。
 私は駆け足で、荷物を抱えながら走って帰った。


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