−夏−
ボクは今、恋をしています。
それはもう、ストレートな恋です。
その気持ちは、平野の中を突き抜けるサイクロンのように、
邪魔をするすべての要素をはじき飛ばしていきました。
高木が並ぶ密林の中に、大きな一本の道を作るように。
砂漠に、通った後だけ砂の雨を降らせるように。
モーゼが、海を割って歩いたように。
その気持ちはどこまでも真っ直ぐで、
眼前の道を切り開いていきました。
彼女は、ボクよりも年下だけど、落ち着いていて、
まるで年上のような魅力を感じる女性です。
彼女の笑顔は、ボクにとって、人とは思えないほど、
綺麗で、暖かみを感じました。
草原に咲く、花のように。
闇に舞う、月のように。
初春のうららかな、太陽のように。
ボクは、生まれて初めて、本物の恋をしました。
透き通る水晶のように、美しい彼女に。
だけど、今は、そんなボクが、ボクは怖く感じます。
この気持ちを伝えようとすればするほど、
ボクの目の前には靄がかかります。
もし、このまま告白してしまえば、
ボクがボクでいられなくなってしまう。
ボクは、二度と恋ができなくなってしまう。
そんな気持ちに駆られます。
きっと、ボクは、恋をすることが怖いんです。
そんなある日、
まっすぐな気持ちにブレーキがかかり、
サイクロンが消滅し、
先に進む道がなくなり、
割れた海は元に戻り、
ボクは波にのまれ、
どうすればいいか、分からなくなりました。
そんなボクに、彼女は変わらず、
あの暖かい笑顔を向けてくれました。
「どうして、そんな顔してるの?」
「もっと、いろいろ遊ぼうよ」
その時、ボクは決心しました。
この気持ちは、ずっと、ボクの胸の中だけに、しまっておこう。
どうして、そう思ったかは、よく分かりません。
ただ、この笑顔を失いたくないから。
それだけでした。
「うん、そうだね」
ボクの中の、靄が消えていきました。
こうして、ボクは、今までできた道の、一番手前から、
彼女のことを見つめることにしました。
波に、浜辺にまで、連れていかれたように。
そして、その浜辺で、海の向こうを眺めるように。
彼女のことを、こうやって、見つめるだけで、
彼女のことを想うだけで・・・。
でも、運命は、そんなに甘くはありませんでした。
彼女は、引っ越しをすることになったのです。
両親のお仕事の都合がどうとか、言っていました。
ボクには、そんなことはどうでもよかったのでしょう。
思わず、涙がこぼれました。
彼女の前で。
「泣かないで・・・」
彼女は、それ以上、何も言いませんでした。
その日から、彼女が姿を見せることは、ありませんでした。
それでも、ボクは彼女を想っています。
どんなに離れていても、ずっと身近に感じるほどに。
捕まえることの決してできない、蜃気楼を追うように。
路傍に咲く花を、枯れてなお愛でているように。
そんな、あるひと夏の恋でした。
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