常冬(とこふゆ)の大地に。
僕は、一本の桜の木を植えた。
死んだも同然の、この大地に。
いつか、花が咲くことを祈って。

それから、4年の歳月が過ぎた。
桜の木は、丸裸なままだった。
その桜を見るたび、僕は悔しかった。
僕の力じゃ、どうすることもできないことを。

5年目の春。
いや、正確には、春であるべき頃。
桜の木に、異変が起きた。
緑が、芽生えていた。
僕は、「まさか・・・」と思った。
見えているのに、認識しようとしなかった。
そんなことはない、そう思い続けていた。
それから数日、芽生えた緑はそのままだった。
成長もせず、枯れもせず。
僕の様子を伺っているようにも見えた。

そこで、僕は初めて確信した。
この常冬の大地に、桜が花を咲かせようとしていることに。
ほどなく、つぼみができ、淡い桃色の花を咲かせた。
心から、嬉しかった。
僕は、その時、少しだけ泣いた。
本当に、嬉しかったから。
言葉は、なかった。ただ、嬉しかった。

それから、僕はいつも花のことを気にかけるようになった。
桜の花は、初めて咲いてから2週間ほどで満開になっていた。
目を覆うほどの、美しさだった。
凍土高原にただ一本咲く、桜の木。
滑稽な姿かもしれないけど、
僕にとっては、何よりも美しく見えた。

そして、花を咲かせてから1ヶ月が過ぎた。
ほとんどの花が、枯れ落ちていた。
いや、それは、花だけではなかった。
芽生えていた葉も、枯れていた。
最初、僕は、理解できなかった。
何故、こんなことになったんだろう。
それから2週間、僅かに残った花に、
僕は訴えかけるように、囁いた。
僕がなにか、悪いことをしたんだね・・・。
ごめんよ。謝るから・・・もう一度、綺麗な花を咲かせてよ・・・。

でも、それは、もう無駄なことだった。
花を咲かせて1ヶ月と半ば。
全ての花が、葉が、枯れ落ちた。
僕は、絶望的な気分になった。

凍土高原にひときわ輝いた、桜の木。
もはや、花も、葉ですらもつけていないこの木が、
何の木であるのかさえも、分からなかった。
どうして、こうなる前に気付かなかったんだろう・・・。
僕は、後悔し続けた。
目元が、涙で潤んでいた。
木に、両の拳をぶつけた。
その拍子に、涙が足元にこぼれ落ちた。
涙で覆われ、塞がれていた視界が開けると、僕は
ひとつ、不思議なものを見つけた。
なんだろう、これ・・・?

実・・・。
さくらんぼの果実だった。
うっすらと、赤みを帯びている。

こんな枯れた桜の木に、実がなっていたのだ。

僕は何も考えず、その実を手に取った。
そして、それをためらうことなく口に運んだ。
凄く、すっぱかった。
でも、ほんのりと、甘みが感じられた。
ああ、確かにこれはさくらんぼだ。
そう理解するのに、時間は要らなかった。

僕は、さくらんぼの種を足元の冷え切った土に埋めた。
いつか、また桜の木に、花が咲きますように。
そう、呟きながら。

ほんの僅かな夏。
それも、本来は春くらいまでしか気温の上がらない、そんな夏。
凍土高原に、奇跡の桜が、花を咲かせ、果実をつけた。
僕の人生において、これほど驚いたことはなかった。
そして、これほど喜んだこともなかった。

また、いつか。
花を咲かせ、果実をつけて欲しい。
そんなことも思った。
それと同時に、奇跡はそうそう起きないから奇跡なんだ、と。
この一回の奇跡以上のものはないだろう。
そんなことも思った。

ありがとう、奇跡の桜。



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